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2013年09月14日(土) by スポンサードリンク [ Edit ]
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まずは、ごあいさつ

気がつけば今年に入ってから1回も更新していませんでした。
ご無沙汰しまくりで、「アンタダレ?」って言われてしまいそうですね。
いや、自分でもどんなキャラでどんな文章書いてたのかすっかり忘れてしまいました。
ズボラです。ヘタレです。ごめんなさい。
「アンタ、公演あるときしかブログ書かないよね〜」と笑われたこともありましたが、今年に入ってから2本の作品に出演させていただいていたので、公演あっても書かない人になってしまいました。
ダメです。人でなしです。本当ごめんなさい。

何やかんやありますが、そこそこ元気で暮らしています。
この1年と少しで、いろーんなことがありました。
成長したのか、縮んだのか、よくわからないですが、自分なりに物事を考えたり、悩んだり、ガマン出来ないときはミカン投げたりしました。この人でなし。
お芝居にも沢山関わらせていただきました。
私みたいなへっぽこ役者と共演したいと思ってくだすったお芝居仲間の皆様、荒井美紀そこそこ面白かったよーとブログやツイッターで感想を書いてくだすったお客様には、心の底から感謝の気持ちでいっぱいです。

最後に出演したのは、所属ユニットCommon daysの「天気予報を見ない派」という作品でした。
作家・南出謙吾氏の処女作で、OMS戯曲賞にノミネートした超難関脚本です。
最後まで悩み続けましたが、自分の人生で一番鮮烈で大事な記憶を役に投影させて挑みました。
私にとって、一生忘れられない20分間となりました。

もっともっと演技を磨いて、良い役者になりたい、これからもずっとお芝居に関わっていきたいという気持ちも強くありましたが。
しばらくお暇をいただきたいと存じます。
一応明言しておくと、プライベートとは一切関係ありません。
荒井美紀として、これから表現とどう関わっていくか、伝えたいことは何かを考えた上で、選んだ道です。
というと何だか深刻に聞こえますね。
お芝居と永遠のお別れというわけでは決してなくて、「これだ!」と思える作品や共演したい皆様に巡り会えたら、その時は復帰したいと切に願います。
このブログもしれっと更新してるかも知れません。
お芝居以外にやりたいこと。それはもう決まっていて、成し遂げるためには膨大な時間と文字が必要です。

最後になりましたが、荒井美紀という拙い役者に関わってくだすった皆様、応援してくだすったお客様、本当に本当にありがとうございました。
別の形にはなりますが、またお会い出来る日は、そう遠くはないと信じています。
出たがりだし言いたいことは言わなきゃ気が済まない性格なので、引っ込んでられません(笑)

この間、小豆島に旅行に出かけました。
素晴らしい景色とあたたかい島の人柄にふれて、生き返るようでした。
人間らしさ、「荒井美紀」らしさを忘れずに、日々を大切に過ごしたいと思います。


天使の散歩道
2013年09月14日(土) by 荒井美紀 [ Edit ]
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気が遠くなるほど永遠に続く深い哀しみ

 出られない。一生

9月ももう終わりですね。

何年も前、電車での出来事です。
ド派手な姉様の隣に、バーコードのおじさまが立っていました。
終電間際です。お疲れだったのでしょう。バーコードおじさまは立ったままウトウト。電車が揺れるのに合わせてよろめいてしまいました。
ぶつかられそうになったド派手姉様は、過剰とも思えるくらいおじさまを避けて、ひとにらみ。
若い女性が中年のオヤジを毛嫌いする気持ちもわからなくはないですが、現代の人間関係の希薄さを垣間見た気がして、少し悲しくなりました。

イチハラ会「或ル青年ノ恋」の台本を読んだとき、この出来事をふと思い出しました。

青年は旅に出ます。
せっかくの一人旅。に、つきまとう箱男。
箱男が書いている日記。
箱男に勧められ、嫌々ながら青年も日記を書いてみる。
そして、抑圧していた記憶を次々と思い出していくのです。

私自身も19歳の頃から日記をつけています。
読み返していて、ある一文を見つけました。

”こんなのは悪夢だ。”

顔合わせで櫟原氏が話してくだすった作品のテーマは、
「悪夢のような現実」
でした。
つまり、こうあるべき・こうあってほしいと自分が思っていることとは裏腹に、実際に目の前で起こっている「自分の望まないことばかりが起こり、それがさも当たり前のように繰り返される」悪夢のような現実。それを舞台で表現したいと。

状況や度合いは全く違えど、私も「悪夢だと思い込みたくなるような現実」について書いていました。日記に。
出演させていただけて、心底よかったと思いました。

青年は自分が好意を抱いていた女性を、「うっかり」殺してしまいます。
私は人殺しはしていませんが、上の日記を書いた頃、立て続けに友人が亡くなりました。
理不尽な死でした。

殺される女性の役をいただきました。
死んだ人間が、死後どんなことを思っているのかをひたすら考え続けた2ヶ月間でした。

どんなに苦しんで死んでいったのだろう。死んでからも苦しみは続いているのだろうか。
ちゃんと生きられなかった。ちゃんと死ねなかった。
それはどんなにか辛いことだろう。

最初の稽古では、殺されたことに対する怒りや悔しさ、憎しみを表現しようとしたのですが、櫟原氏から「怒りを抑えるように」とのダメ出しをいただき、ではどの感情が当てはまるのか、かなり悩みました。
行き着いたのは「恨めしい」という感情でした。
幽霊だもんなあ。いやいや。

エレベーターの中で殺された。出たくても出られない。このままずっと。
試行錯誤しながら生まれた感情は、自分を殺した青年に対する憎しみではなく、悲しみや寂しさの方でした。
それが正しいかどうかは、正直なところわかりません。
ラストで、青年の独白を全身で受け止め、エレベーターの中に帰っていく女。
このまま悲しみの中に深く埋もれて眠りたい。深く深く永遠に。

拙い演技でしたが、そんなことを考えていました。
台詞がない分、目を特に意識しました。
「青年を睨む目に、現代の人間関係の希薄さを感じた」とお客様から言っていただきました。とても嬉しいことです。

公演が終わり、家にいて、ふとバスタブに目がいきました。
「或ル青年ノ恋」は、実在の事件を扱った作品です。男性側の視点で描かれていましたが、女性の気持ちも大事にしたいとも勝手ながら思っていました。
あの女性は、どんな気持ちで、監禁され、陵辱され、殺されたのだろう。
あなたの無念を少しでも晴らしたい、おこがましくもそんな風に思いながら演じていました。
2012年09月30日(日) by 荒井美紀 [ Edit ]
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こってりでもさっぱりでもなく

 高校2年生の夏休み、演劇部の顧問の先生の計らいで、殺陣のレッスンに連れて行ってもらいました。
運動神経皆無な私は全くついてゆけず、講師の先生が3人がかりくらいで教えてくれても出来ないというひどいありさま。
そんな状況で必死に木刀を振り回す私を見て、主催者の方が一言。
「いいね、いいよ、君!目が」
殺陣のお稽古なのに目を褒められてしまったと当時は複雑な気持ちでした。
2ヶ月後、その方は急病で亡くなられてしまいました。
様々な舞台や映像に出演されていた方で、プロダクションを立ち上げたばかりでした。

お客様のブログやツイッターで、公演の感想を拝見して。
その中に、私の目を褒めてくださる書き込みがあり、ふと、思い出したのです。

先のプロダクションの社長さんは、レッスン中私に沢山のダメ出しをされました。
でも最後に「あなたは女優になりなさい」と言ってくださいました。
私の何をかってくださったのかはわかりませんが、その言葉に今でも支えられたりしています。

Common days「みそ味の夜空と」
いよいよ今日千秋楽となりました。
ありがたいことに満席となりました。
ご来場順の入場となりますので、お早めにお越しいただき、お好きな席に座ってご覧いただくことをお勧めいたします。

今回の公演で、自分自身がいかに駄目な奴かを思い知りました。
だけれど、いかに沢山の人に支えられているかも知りました。
こんな私を励まし、叱咤し、助けて下さった皆様、本当にありがとうございます。
感謝の気持ちを胸に、今出来ることを精一杯、出し切りたいと思います。

素っ裸で舞台に立っているようだなあと、本番中に思っていました。
私の気持ち、まるまるそのままです。何にも恥ずかしいことなんかないじゃないかって。
もちろん、本当にスッポンポン見せられたんじゃ、お客様はたまったもんじゃないので。
一応服は着ております。ご安心を。

それでは、ご来場お待ち致しております!!
2012年04月25日(水) by 荒井美紀 [ Edit ]
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躓いたままで居ることは、案外心地好いのです

長い間かけて長々と書きなぐってしまいました。
これでラストです。

見に来てくだすったお客様から、こんな感想をいただいています。
「子どもの夏休みは毎年必ずあって、期間も決まっているけれど、大人の夏休みは自分がほしいと思ったときに取ればいいし、期間も決まってない、休むのをやめたいと思ったら、いつでもやめられる。そんな風に思った」

「あのゲストハウスにいる人達は、人生の落第者かも知れない。でも一生懸命生きていて、ただ暮らす場所が違うだけで普通の人達と何ら変わらない。それなのに、落第者だから出て行けと言われてしまうのは、同じ人間なのにおかしいと思った」

他にも様々なご意見をいただいていますが、私が、私達が考えていたことがお客様に伝わったということは、表現者の端くれとしては本当にうれしいことです。
ありがとうございます。

見上げた空

ラストシーン。
空を泳ぐ戦闘機を見上げる、加西と貴世。
この少し前のシーンで、貴世は戦闘機に
「うるさいなあもう!暑いのに」
と八つ当たりします。
横地、村本が出て行き、モリは強盗をはたらいて逃げ出した。
ただ、普通に暮らしていたいだけなのに。どうしてそれがかなわないんだろう。
でも誰のせいでもないことは痛いほどわかっているから、戦闘機を、外の景色を、にらみ切ることが出来ない。
この「うるさいなあもう!」の台詞を、「すごくいい台詞ですよね」と南出氏に言ったら笑われました(笑)
でもこの台詞で、貴世の悔しさやもどかしさ、寂しさを表現出来たら・・・なんて、表現者の端くれは願っていました。


さようなら。もう会うこともないのかな

出ていくと決めた三枝に、精一杯のエールを送る菜摘。
いえ、エールではないかもしれません。
彼は、社会にも、マイノリティでいることにも、白旗を上げたのですから。
三枝の気持ちを認める加西、必死に手を振る菜摘、自分の選んできた道を顧みる貴世。
これから、どうなっていくんだろう。

世の中何が正しいのか信じられないよね

鳥と戦闘機。
水道水と超高純度ミネラルウォーター。
正常と異常。
美しさと狂気。
ハルシオンとハルジオン。
愛しさと切なさと心強さと。

何かちゃうもん混じってますけど、そういうことなんかいねーって思っていました。
この胡散臭いミネラルウォーターのラベルを作ったのは、演出のMotokiShinomy氏です。
何気に手が込んでいて、成分表示の欄には「アライミウム」とか書かれてます(笑)
演出、舞台監督、音響、その他テクニカル面のほぼ全てをこなしながら、めんどくさい子・荒井美紀の面倒まで見てくだすって、本当に感謝の極みです。
氏がこの作品にどれだけの思いを込めようとしていたか、私達演者はひしひしと感じていましたよ。

これで最期かも知れませんが、あのゲストハウスの住人達に、いつかまたどこかで会えるような気がしてなりません。
これから先も続いてゆく、気の遠くなるような長い長い長い時間の中で、、、、、。

おしまい。

2011年09月06日(火) by 荒井美紀 [ Edit ]
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愛すべきダメな人達

 とかいのけんそう

「たずねた彼女は後を追うと言い出した」

私の友人が、昔インターネット上に書いた一文です。
ほとんど理解されないだろうとは思いますが、この言葉を見たとき絶句しました。
私たちが見たあの状況を、たった一言で、的確に表してしまえるなんて。
私にはとてもそんな才能はありませんでした。

「鳥と戦闘機−怖がりな僕らの楽園−」は、社会からドロップアウトした人達によって作られたコミュニティの話でした。
コミュニティを守り存続させようとする人、外界とも上手く渡り合おうとする人、事勿れ主義の人、自分勝手なトラブルばかり起こす人、何も考えてない人、何もしない人。
様々な思いが交錯するゲストハウスに訪れた、泉寛介氏演じる主人公・三枝。彼もまた、社会で生活することに疲れゲストハウスにやってきた一人ですが、だんだんと崩壊していくマイノリティ達の楽園を目の前にして、最終的にはもといた場所に戻ることを決意し去ります。

詳しい出来事を話し切ってしまうのは、好ましくないことだとは思います。今は、まだ。
19歳から21歳の頃、私は、とあるコミュニティに属していました。
ちょうど役者を休憩していた時期でもあり、モラトリアムで、アンビバレントな感情を抱えていた私には、コミュニティの存在はある種の救いでした。
変な宗教とかではありません。同世代の人達がそこに集って話し、慰め、励まし合いながら。
いつか、わかってもらえる日がくることを願っていました。

ある日、コミュニティは崩壊しました。
突然、でもある程度予想していたことではありました。

ただ、重く受け止めなければならないのは、
そこに人の生き死にが懸かっていたということ。

私は泣きませんでした。
先の文章を書いた友人と、これからどうやって暮らしていくかお互いに話して電話を切り、ただただ眠りました。

貴世は、自分の身の回りのことは最低限きちんとしながら、楽園に安住しようとします。
ゲストハウスがつぶれることを危惧して、貯金もしている。
だから、いきあたりばったりで結婚を決め出て行く横地(河北優氏)や、調子よく島民に迎合しようとする村本(芦川諒氏)に腹を立てます。

でも彼女はわかっています。
いくら自分が、ここで、みんなで、ずっと、暮らしていたくても、それを押しつけることは出来ない。
みんなのことは好き。でも誰のことも好きじゃない。でも本当は寂しくてたまらない。
でも、でも、結局誰も皆最終的には、ひとりだ。

口は悪いけれど、彼女はいつも笑っています。
だけど、心の底ではいつもいらついている。
自分勝手な解釈かも知れませんが、彼女の、そんなパーソナリティに、私は呼応したのです。
私も、いつも苛々している。
あの出来事があった次の日、大学へ行くために電車に乗って、駅を歩く人々を眺めながら猛烈な怒りを覚えて、でも誰も悪くないのはわかりきっていて、だから私は、この怒りを、この出来事を、コミュニティの仲間や仲間の思いを、絶対に忘れないでいようと決めました。
昔、仲間の一人が賛同してくれたことをいつか必ず実行しよう。社会に認められるやり方で、私達の見てきたものを、伝えよう。と。

そんな、沢山の出来事を、沢山の気持ちを思い出しながら、一生懸命演じた作品でした。
私にとって大切な大切な作品となりました。
この作品に出会えたこと、出会わせてくださったCommon daysの3人に心からお礼を言いたいです。

あのゲストハウスで暮らしているのは、はみ出し者の、堕落した人達ばかりです。
だけれど決して憎めない、愛おしい人達ばかりなのです。
2011年08月31日(水) by 荒井美紀 [ Edit ]
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どこまでいけるかわからないけれど

一晩かけて、手紙を書きました。
何枚も便箋を無駄にして、書き終わる頃には、鼻水をかんだティッシュがテーブルに山のように積まれていました。
涙がとまらなかった。

式場におさまりきらないぐらいの弔問者。
突然降り始めた粉雪。
アカペラサークルの人たちの歌。
お父さんの挨拶の言葉。

2006年2月3日。
高校の演劇部時代の友人が亡くなった日です。

彼女と私は、相手役を演じることが多くありました。
お互い母親がおらず家事を担っていることもあり、晩ごはんのレシピを教え合ったり、部活以外で一緒に遊びに行ったり、長電話で恋愛話をしたこともありました。

かわいくて、背が高くて、色白で、勉強も運動も歌も、何でも出来る子でした。
芝居も私なんかより断然上手かった。学年中の誰からも好かれていました。
そんな彼女に私はいつもコンプレックスを感じていて、次第に部活の時間以外は話すことも少なくなってしまいました。

20歳を迎えて間もない頃、彼女が病気で入院していることを知りました。
私も同じ頃に体をこわしていて、お互いぼちぼちやっていこうねと言ったのを覚えています。
ある時、高校時代にイベントで上演した作品のビデオを貸してほしいというメールがきました。
私の公演が一段落して、「いつ貸そうか」とメールを送ったけれど返信はなく。
2度目の大学留年の危機を何とか乗り切り、もう一度連絡を取ってみようかと思っていた矢先。
亡くなったという知らせを、当時の演劇部の部長からもらいました。

今回の公演「時間Re.Birth」は、亡くなってしまった主人公の親友のために、昔上演できなかった台本でもう一度芝居をしよう、というお話でした。
個人的な事情ではありますが、どうしても、私の友人のことを思い出さずにはいられませんでした。

劇中劇、高校駅伝大会で、主人公がたすきをつなげずに、その場所で彼女自身の時間も止めてしまうというシーンがありました。
その「たすき」は、私にとっては「公演のビデオ」でした。
なぜ、もっと早くに連絡をとらなかったんだろう。
なぜ、もう一度メールを送らなかったんだろう。
そうしていれば、何か変わっていたかも知れないのに。

稽古で悩んでいた頃、私は思い切って演出の高木啓介氏にこのことを話しました。
高木氏はただただ静かに聞いてくださいました。
気持ちに重きを置いて作るお芝居。公演直前、氏は私にこう言いました。
「あなたの演じる役だけでなく、あなた自身も、会いたい友人と舞台の上で会ってください」
現実じゃ過去に戻ることなんて出来やしない。でも舞台の上でなら、もう一度あの時間に行くことが出来るかもしれない。
とことん自分と向き合わなきゃな。

そこからは、ひたすら自分自身とのたたかいだと思いました。

公演が終わった後、高木氏は私に「友人には会えたのか」と聞きました。
私は答えることが出来ませんでした。
それは、会えなかったということではなく、納得いく演技ができなかったということではなく。
芝居をすることを選んだなら。常に自分が出来うる最良の演技を模索し続けなければならないと思ったのです。
本当に「会えた」と言っていいのは、私が死ぬ時だと思ったのです。
ただ、亡くなった私の友人がどこかでこの舞台を見ていて、彼女自身が会いたい人に会えることを、いつも願っていました。
ラストシーンでみんなの顔を見回すところ、涙をこらえるのに必死でした。
まるで、自分が死んで、天国から降りてきたような気持ちになりました。

役の想いをとにかく丁寧に、かつストレートに表現し、お客様に見ていただく作品でした。
見終わった後、何かを思ってくださったなら、こんなにうれしいことはありません。
最高の座組で、真剣に芝居作りが出来、本当に良い作品に出会うことが出来ました。
感謝の一言に尽きます。ありがとうございました!

せいしゅんでした

公演が終わってちょうど1週間後。
7月25日、天神祭は、彼女の誕生日でした。
天国からも花火見えたかな。
2011年08月01日(月) by 荒井美紀 [ Edit ]
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この世界、生きていることの奇跡

そら

まるで巨大なルームランナーのようです。
私たちはその上を、毎日毎日毎日毎日走っています。
四方は壁に囲まれています。窓もない。
一体どこに辿り着くのか誰にもわかりません。
毎日毎日、ただひたすら走り続けなければならないのです。

走るペースは人それぞれで、ものすごいスピードを出してもへっちゃらぴーな人もいれば、カメのようにエッチラオッチラ進む人もいます。
自分の速さでいいんです。ただ、絶対にルームランナーは止まらない。
転ぼうがケガしようが病気になろうが、そんなことはおかまいなしに動き続けます。
どんなにしんどくても、誰かにおぶってもらうことすら許されない。
自分で走るのをやめることしか、止める方法はありません。

「命を粗末にしてはいけない」とか
「生きたくても生きられない人もいるのに」とか
そういう意見があることも、もちろん当然だと思います。
でもその考えを、言葉を、死んでしまった人に対して投げかけることに、果たして意味はあるのでしょうか。

たとえば、毎日心臓が八つ裂きにされ続けたとして、その痛み苦しみを我慢しながら走り続けられるでしょうか。
のたうちまわりながらも「何とかがんばって走ろう」と思い続けられるでしょうか。
毎日毎日、一瞬たりとも楽になることはないんです。
周りの人たちの励ましも、とても遠くに聞こえるんです。
「いっそのこと、ひと思いにやってくれ」って、思うこともあるのではないですか。

粗末にしたかったわけではないんです。
こんなちっぽけな命でも誰かの役に立てるなら、とっくの昔にあげている。
みんなしんどい。わかってる。 一度やめたら、二度と戻ることは出来ないんです。
また走りたいと思う時があったとしても、もう二度とそうすることは出来ないんです。
そんなことわかりきっている。 けれど、自分さえ消えてしまえば、まるで万事が上手くいくかのような錯覚に囚われるんです。 頭では正しくないとわかっていても、死への衝動に駆り立てられていくんです。

人前では明るく振舞えていたのだとしても。
辛くて辛くて辛くて、たまらなかったのだと思います。
衝動的に、その選択肢を選んだのだとしても。

1週間が経ちますが、未だに信じられません。
特別ファンというわけでもなく、時々テレビで見るくらいでしたが、魅力的な女の子だなと思っていました。
ニュースを見たとき、どうか間違いであってほしいと強く思いました。
彼女のことは何にも知りません。どんな気持ちだったのだろうと、私なりに考えてはみたけれど、もしかしたら全然、お門違いかも知れません。
それでも、とても他人事とは思えなかった。

上原美優さん、24年間の道のりは、とても険しく大変だったと思います。
どうかもう辛いことのないよう、その脚を休めて、そして天国のお母さんとずっと一緒にいられますように。
色んな人が色んなことを言っていたりもしますが、あなたのブログに何千という人が、あなたを労わる言葉を書きました。
その思いが、どうかあなたのところまで届きますように。
2011年05月20日(金) by 荒井美紀 [ Edit ]
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母と娘

 お母さんとむすめ

左の方は、かおりの母・橋本園子役の肉戸恵美姉さんです。
かおりが体を壊して入院することになったのは家族の問題がきっかけでして。
園子母さんは半年前にお家を出て行ってしまったのです。仕事と、新しいパートナーとの生活を選んで。
それだけ言うと園子母さんが一方的に悪いように聞こえますが、最初に浮気したのは父ちゃんだったりするのです。色々悩んで考えた末に、一人の女性として生きることを選択したのですね。かおりは若いが故にそれが理解出来ず苦しむのですが、強いお母さんだと思います。

病室に園子母さんが訪ねて来て、2人で話すシーンは特に難しかったです。
「私たち子どもへの愛情はないの?義務で育ててたの?」と訴える台詞があったのですが、それは園子母さんに対する甘えの裏返し。
納得のいく演技はなかなか出来ず、自分なりに試行錯誤を繰り返しました。
お客様には、どう映ったでしょうか。

実際は姉妹の方がしっくりくるぐらい年齢が近いのですが、肉戸姉さんはとっても演技が上手いので、母役にピッタリだと思っていました。
私はへにょへにょなので、頼りっきりで申し訳なかったです。
稽古終わりや帰る道々で、役について沢山お話をさせていただきました。


私の母親は、私が中学生の時に病気で亡くなりました。
少し前に母と私のくだらなエピソードを書いていましたが、あれはまだ母が元気だった頃の記憶です。
今回の役を演じるにあたって、自分の母のことを思い出さなければならないと考え、昔のアルバムを引っぱり出してきて暇を見つけては眺めていました。

親不孝者だとお叱りを受けるかも知れませんが、私は今まで母がいなくて寂しいとか悲しいとか、そんな風に思ったことは一度もありませんでした。
一人前の大人に少しでも近づくために、敢えて親や家族のことを客観的に捉えようとし、母の存在をどんどん遠ざけていってしまっていたように思います。
だから、かおりの「母に甘えたい」気持ちをなかなか自分の中に落とし込むことが出来ず、それではダメだと実感しました。

「親を大事にしなさい」と言われたりしますよね。劇中の台詞にもありました。
だけど私は、もし誰かに何かを言うとしたら、「親には甘えた方がいい」と言いたいです。
わがまま言ったり、少しくらい迷惑かけたっていいと思うのです。
本当に親が必要で、甘えたいと思った時には親はもういません。
2010年12月07日(火) by 荒井美紀 [ Edit ]
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きれいなものには毒がある

うたひめ 

中村中。
「なかむらあたる」と読みます。山本山ではありません。
私が最も愛してやまないシンガーソングライターです。

初めて彼女の存在を知ったのは、21歳の時でした。
流行りの曲は聴いてると頭痛が痛くなるので、殆ど聴きません。
でも、彼女の歌は私を捕らえて離さなかったのです。涙が止まらなかった。
歌謡曲のような昔なつかしいメロディ。
声は、迫力のある低音と、透き通るようなファルセット。
心をぶん殴るような、大胆で強烈な歌詞。
美人でスタイルもいい。とくに長い脚!超美脚!

彼女のように、綺麗だけれども、毒のある人がとても好きです。
単にキレイなだけでは心は動かない。
昨年共演させていただいたとある役者さんがおっしゃっていた、
「その人の生き様が、芝居にあらわれるんだ」
という言葉を私は今でもずっと覚えているのですが、彼女の歌はまさに、彼女の生き様そのものだと思います。
荒っぽいけど、力強くて、そしてやさしい。
不器用で動けない私をほんの少し、引っぱり上げてくれるような、そんな気がします。

彼女が性同一性障害であることが頻繁に取り上げられた時期がありましたが、マスメディアへの露出が少なくなった今は、自分の歌いたい歌をうたうことだけに専念出来ているのかな、と勝手に考えたりします。
本当は、そういう、自分に付随するもの抜きで、歌だけで評価してほしかったと彼女自身も言っていましたし。
そりゃあ、私だってレッテルを貼られて芝居を見られるのは嫌だと思うもの。

マイノリティって、そんなに珍しいものなのでしょうか。
寧ろ、人は自分のことを、大多数の側の人間だと信じているのでしょうか。
そうだとしたら、何でそう思えるんでしょう?
自分は普通?じゃあ、普通って何?

私は決してマジョリティではないけれど、私が見てきたことや感じてきた色んなことを、いつか芝居で表現することが出来るようになれたらいいと、そう思っています。

2010年09月26日(日) by 荒井美紀 [ Edit ]
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